header1
header2

トップページ > 研究紹介 > ホヤとセルロース

ホヤとセルロース

ホヤは、動物であるにも関わらずセルロースを合成し生活に利用する珍しい動物群です。セルロースはホヤの体を覆っている被のうという膜に存在しています(被のうで覆われていることから、ホヤは漢字で海鞘と書かれます。また英語で tunicate と呼ばれます)。被のうは動けないホヤの体を守る役目があると考えられています。ホヤの幼生にも被のうがあります。幼生の被のうは尾部において魚でいうひれの役割を果たすことが知られています。ホヤと同じ脊索動物に分類されている動物群のうち、ナメクジウオも脊椎動物もセルロースを合成しません。ホヤがセルロース合成の能力を獲得したのは、ホヤがこれらの動物群と分かれてから、ということになります。

ゲノムプロジェクトが明らかにしたホヤセルロース合成酵素

ホヤ類がセルロースを合成出来るようになった仕組みは長い間不明のままでした。 2002 年にカタユウレイボヤのゲノムプロジェクトが進められ、ようやくその謎が明らかとなりました。カタユウレイボヤのゲノム中に、セルロース合成酵素と非常によく似たタンパク質をコードする遺伝子が見つかったのです。この遺伝子は Ci-CesA と名付けられました。

ホヤのセルロース合成酵素には、他のセルロース合成酵素とは異なる変わった点がありました。それはタンパク質の中に、セルロース合成酵素と相同な領域だけでなく、セルロース分解酵素と相同な領域があることです。ちなみに、ある種のバクテリアではセルロース合成酵素遺伝子とセルロース分解酵素遺伝子が隣り合って存在していることが知られています。また、ホヤのセルロース合成酵素にあるセルロース分解酵素相同領域は、バクテリアのものに近いことが分子系統解析から明らかにされています。このようなことを解析していった結果、ホヤのセルロース合成酵素は、ホヤの祖先型動物がバクテリアからセルロース合成酵素遺伝子と分解酵素遺伝子のユニットを獲得するという「遺伝子の水平伝搬」が生じ、その後ホヤの中でこの2つの遺伝子が一つに融合したのではないかと推定されています。

突然変異体から知るホヤセルロースの機能

ホヤのセルロース合成酵素の機能についてはその遺伝子を破壊した変異体があれば解明出来ます。我々の研究グループが作成した第一号の Minos トランスポゾン挿入変異体は、まさにセルロース合成酵素遺伝子が破壊された変異体でした。 swimming juvenile と名付けられたこの変異体では、ホヤの変態現象に異常を示しました(ホヤの変態および変異体の写真に関してはこちらのページを参考にして下さい)。また、 swimming juvenile 変異体では、確かに被のう中のセルロース量が激減していました。このことから、ホヤのセルロース合成酵素はセルロースを実際に作っていることが示されました。

swimming juvenile 変異体は変態現象に異常を示すものの、一部の個体は変態を終えて正常の成体になり、生殖能力も持ちます。すなわちホヤにとって、ただ生きるだけならばセルロースは必要ではないことになります。また、 swimming juvenile 変異体では被のうも作られるため、被のう形成自体にもセルロースは不必要だと考えられます。ではセルロースはホヤにとって何に必要なのでしょうか。まず、被のうは作られるものの、非常に柔らかくほとんど役に立たないであろうと考えられます。被のうに含まれるセルロースは、被のうに堅さと柔軟性を与え、外敵から身を守るのに役立っていると考えられます。 swimming juvenile 変異体は固着する能力自体が非常に弱いことが明らかになりました。固着する確率も低く、また固着していてもすぐにはがれてしまいます。すなわち、セルロースは固着の開始と維持に働いていると考えられます。「ホヤの変態」の項でも述べたように、 swimming juvenile 変異体は固着生活の開始である変態に異常を生じます。

これらのことから考えて、ホヤセルロースはあらゆる面で「固着生活」を開始し維持するために必要なことが推察されます。ホヤは遊泳生活を送る祖先型動物から、変態し固着生活を送るように進化したと考えられています。セルロースの獲得は固着生活の獲得の前に生じたと考えられています。おそらく、ホヤの祖先が固着生活スタイルを獲得する際に、セルロースを変態・固着生活に利用したのだと考えられます。このような進化の謎については推定の域を出ませんが、ホヤのセルロースをもっと深く研究することから、ホヤの進化の過程で何が生じたのかを明らかにできると考えています。

(参考文献)
Nakashima et al., Dev. Genes Evol. (2004) 214, 81-88
Sasakura et al., PNAS (2005) 102: 15134-15139

Copyright(c) 2008-2014 Sasakura Lab, All rights reserved.