研究紹介RESEARCH

精子の生物学

精子は受精のために特殊化した細胞であり、生物の一生のなかで唯一個体を離れて重要な任務を果たす細胞です。 そこには、洗練 された運動装置である鞭毛、遺伝情報を小さく畳み込んだ精子頭部、卵と遭遇し合体 するために必要な先体部が存在し、受精を可能にしています。 この魅力的な細胞が、 いかにして形成され、運動し、受精するのか、その仕組みを分子のレベルで探っています。 特に受精時に見られる精子運動性の変化の機構については、運動活性化と走化性を司るシグナルネットワークや分子モーターダイニンの分子調節機構に関する解 析を進めています。→さらに詳しく


鞭毛・繊毛の生物学

精子の運動装置である鞭毛や感覚器などの上 皮表面に存在している繊毛は、運動性オルガネラとして、あるいは細胞外情報の物理 的・化学的受容のアンテナとして多彩な機能を果たしている「細胞の毛」です。 鞭毛繊毛の 中央を貫く軸糸の構造は進化的に高く保存されており、9+2構造の芸術的な 微小管骨格をもっています。 微小管には分子モーターダイニンやその調節 因子など約250種類のタンパク質が結合し、波打ち運動のためのナノマシーンを構築しています。 私たちは、この「毛」の構成分子の同定、分子構築、形成機構、運動機構を様々な角度から調べています。 また最近では、鞭毛繊毛が発生や形態形成、成体器官の機能においても重要な役割を果たしていることが明らかになりました。単細胞生物(原生生物)から多細 胞生物(後生生物)に進化するのに伴い、鞭毛繊毛の構造も機能も多様化してきました。私たちは、多細胞生物における繊毛の役割を研究するとともに、進化に 伴う繊毛の多様化機構についても考察しています。→さらに詳しく


海産生物のゲノム科学・プロテオミクス

ホヤは我々ヒトと同じ脊索動物に属し、発生における細胞系譜が確立している、オタマジャクシ幼生は細胞数が少ないながらも脊椎動物の基本ボティプランを 持っている、1世代が短い、ゲノム解析が進んでいる、ゲノム構成がコンパクトである、生化学的解析にも向いているなど、海産動物の中でも優れた実験動物の 一つです。 私たちは、ホヤのゲノム情報をもとに精巣特異的遺伝子の解析、機能未知遺伝子の解析、ポストゲノム(プロテオーム)解析などを進めています。ホヤのタンパ ク質情報は、北海道大学、京都大学、慶應技義塾大学、千葉大学、基礎生物学研究所、徳島大学との共同プロジェクトとしてまとめ、ホヤプロテイン統合データベース(CIPRO)〜JSTバイオインフォマティックス事業〜として公開しています。CIPROの詳細はこちらへ。また、ホヤで確立した手法をウニなどの他の海産生物にも応用しています。

主な研究手法

ゲノム解析、cDNAクローニング、PCR、組み換えタンパク質発現、遺伝子発現阻害、遺伝子導入、トランスジェニック技術、 抗体作製、間接蛍光抗体法(共焦点観察)、免疫電顕法、免疫沈降、精子除膜モデル、運動解析(波形解析、運動軌跡解析、ビデオ-顕微鏡装置、ストロボ照射 装置、カルシウムイメージング)、SDS-PAGE、二次元電気泳動、質量分析、プロテオーム解析、バイオインフォマティックス、各種カラムクロマトグラ フィーによるタンパク質の分離・精製など。

日本語総説・著書(欧文雑誌に関しては「発表論文」をご覧下さい)

稲葉一男、柴小菊、吉田学:「精子運動の活性化と走化性」 動植物の受精学ー共通機構と多様性(澤田均編)化学同人(2014)
稲葉一男:「カルシウムシグナルによる哺乳類精子超活性化の制御」 細胞工学 Vol. 33(4), 366-371. 秀潤社(2014)水野克俊、柴小菊、稲葉一男:「精子が卵を目指すしくみ――運動の方向転換を司るタンパク質「カラクシン」」
遺伝 Vol. 67(5), 610-617. NTS (2013)
稲葉一男:「鞭毛・繊毛の構造と運動メカニズム」細胞工学、秀潤社 (2009)
稲葉一男:「動物の動きの秘密にせまる」日本比較生理生化学会編、共立出版(2009)
笹倉靖徳、稲葉一男、佐藤矩行、赤坂甲治:NRBP(ナショナルバイオリソースプロジェクト)紹介—カタユウレイボヤ・ニッポンウミシダ─海産無脊椎動物のリソース展開─、ビオフィリア 2008年12月(冬)号(Vol.4-4 No.16)
稲葉一男:「精子鞭毛運動とプロテアソーム」 新編精子学 東京大学出版会 (2006)
稲葉一男:「ゲノム情報と精子学」新編精子学 東京大学出版会 (2006)
稲葉一男:「臨海実験施設の将来像」比較生理生化学2006, 23, 193 (2006)
笹倉靖徳・稲葉一男・佐藤矩行:「カタユウレイボヤのバイオリソース化に向けて」、細胞工学 l25, 1460-1461 (2006)
稲葉一男:月刊海洋(号外41号)(2005)境界動物の生物学—脊椎動物への進化の研究最前線—、ホヤ精巣における遺伝子発現とそれらの機能解析、89-97
稲葉一男:タンパク質リン酸化による鞭毛・繊毛運動の制御, 比較生理生化学(1999)16, 4-14.
稲葉一男:精子鞭毛運動の分子機構に関する研究、生物科学ニュース (1998) 322, 16-20
森沢正昭、稲葉一男:「生殖と受精」、朝倉図解生物科学講座「図説発生生物学」(浅島誠編)(1996) 朝倉書店
稲葉一男:プロテアソームによる精子鞭毛運動の制御、生物物理 (1996) 203, 49-50
稲葉一男:精子鞭毛運動におけるプロテアーゼの役割、比較生理生化学 (1995), 12, 251-259
稲葉一男:精子のプロテアソーム、Cell Science 、医学出版センター (1992) Vol. 8, 750-758
稲葉一男・毛利秀雄:鞭毛繊毛運動の分子機構。蛋白質・核酸・酵素 臨時増刊号 「細胞骨格の機能」(酒井彦一編)共立出版 (1989) Vol. 34, 1505-1512

筑波大学下田臨海実験センター
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