鞭毛・繊毛の生物学RESEARCH

主な研究テーマ

○ホヤ、ウニ、魚類の精子鞭毛、ウニなどの胚繊毛のダイニンの単離と構造/機能解析

○軸糸の分子構築

○リン酸化やカルシウムによる軸糸ダイニンの調節機構

○ホヤおよびウニ胚発生における繊毛の形成と機能分化

○海産生物における鞭毛・繊毛の構造、機能の多様性、進化


鞭毛・繊毛の構造と運動機構について(概説)

鞭毛・繊毛は高速の波打ち運動を起こす真核生物のオルガネラです。その構造は原生生物からヒトに至るまで、真核生 物の進化の過程で高く保存されてきました。内部構造が半世紀前に記載され以来、高速度で波打ち(屈曲)運動を行なうことや、それらの内部構造が非常に特徴 的であることから多くの研究者を魅了し、構成成分の生化学的研究、分子モーターである軸糸ダイニンの研究、ダイニンによる微小管滑り運動と屈曲形成の機構 に関する研究が進められてきました。クラミドモナスや精子を用いた軸糸構造と運動機構に関する研究は、最近注目を集めている感覚繊毛や一次繊毛研究の基礎 的知見となっています。

 鞭毛・繊毛の周期的な屈曲運動の原動力になっているのはダイニンによる微小管の滑り運動です。電子顕 微鏡によるダイニン分子の解析により、ATP分解により生じたダイニンの構造変化がAAAリングの回転を引き起こし、それが微小管に対するストークの角度 の変化につながり、微小管を滑らせる力が発生するという考えが提唱されています。一方、ウニの外腕ダイニンを用いた最近の研究からは、ストーク角度の変化 ではなく、ステムの相対的位置が変化することにより微小管を滑らせるという考えも提唱されています。屈曲は滑り合う微小管の一部に抵抗構造、すなわち滑ら ない場所があることにより生じますが、これが鞭毛に沿って一定間隔で生じれば、波打ち運動が起こることになります。

 ダイニンは9本のダブレット微小管すべてに結合しており、これらが無秩序に力を発生したのでは、屈曲 の形成や伝播は起こりません。さまざまな実験から、ラジアルスポーク/中心対小管との位置関係が、活性化ダイニンの決定に重要であると考えられています。 すなわち中心対小管をはさんだ両脇の周辺微小管のダイニンが活性化されると考えられています。また、ダイニンはそれ自体が微小管のマイナス方向に動くモー ターであり、一方向にしか動くことができません。屈曲を伝播するためには、軸糸の断面の中で、反対側に位置する微小管セットどうしが、屈曲ごとに滑る方向 を周期的に切り替える必要があります。この切り替えには屈曲といった軸糸の力学的な変化が関与していることがマイクロマニュピレーションを用いた実験によ り示唆されています。

 ゾウリムシが何かに衝突した際の方向転換、クラミドモナスの光走性、受精の際の精子の運動活性化や走 化性は、これらの刺激を鞭毛・繊毛が受容し、それが軸糸の運動変化につながることにより起こります。この際、鞭毛・繊毛内で生成したcAMPやそれを介し たタンパク質リン酸化、細胞外から流入したカルシウムイオンが重要な役割を果しています。

 ここ数年、電子線トモグラフィーやクライオ電顕を用いた軸糸の微細構造観察が精力的に進められ、ダブ レット微小管の構造や軸糸内でのダイニン頭部(AAAリング)の配向、外腕どうしをつなぐリンカーの存在、ダイニンドッキング複合体、ラジアルスポークと 内腕をつなぐダイニン調節複合体(DRC)、ネクシンリンクなどの構造的実体が明らかになってきました。

 鞭毛・繊毛は進化の過程でよく保存されてきた構造です。これは、クラミドモナス鞭毛から得られた知見 の多くがヒトにおいても当てはまることからも理解できます。生物の多細胞化や多細胞生物の進化と鞭毛・繊毛とは深い関係があることが古くから指摘されてき ました。藻類の分類において鞭毛の形態は重要な指標の一つになっていますし、生物の系統分類体系であるオピストコンタやバイコンタは、鞭毛の本数や運動で 分けられています。また、鞭毛・繊毛の構造ももともとは9+2構造であり、一次繊毛にみられる9+0構造は中心対が退化した結果であるいう考え方もありま す。多細胞化がどのように鞭毛・繊毛の構造を変化させたのかわかりませんが、多細胞化や多細胞生物の体制の複雑化に伴い、これらの構造も多様になっていっ たのではないでしょうか。脊椎動物の進化においてしばしば取り上げられるガールスタングの説では、繊毛帯が神経管形成の起源であるとしています。鞭毛・繊 毛という進化の過程で保存されてきたオルガネラの研究が、生物機械としての精巧さや個体レベルでの高次機能をさらに追求するとともに、今後、真核生物進化 の語り手としての真髄に迫っていくのではないか、そのような夢のある研究を目指したいと思っています。

筑波大学下田臨海実験センター
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