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変態時における神経系の再編成

ホヤは前のページでお示ししたように変態します。変態の際には遊泳性の幼生から固着性の成体へと、形態の変化だけではなく生活スタイルまでもが大きく変わります。そのホヤの変態時における大規模な変化に伴って、中枢神経系は再編成を余儀なくされます。具体的に言えば、幼生の中枢神経系の主な機能は「尾部運動の制御」です。その尾部は変態過程で失われます。つまり、中枢神経系はこれまで制御してきた対象を失うことになります。また逆に、変態後のホヤは鰓や消化管を使って餌を取り、消化するようになります(ホヤの幼生は餌を食べません)。これらの「成体器官」を中枢神経系は制御する必要が出てきます。つまり、ホヤの中枢神経系は、変態の前と後とで制御する対象をがらりと変える必要があるのです。これがホヤの中枢神経系の再編成です。

幼生の中枢神経系は変態時に失われる?
この中枢神経系の再編成はどのように達成されるのかがずっと議論になっていました。通説としては、「幼生の中枢神経系は変態過程で一旦ほぼ完全に失われ、成体の中枢神経系が新たに構築される」という説があります。これはいくつかの観察結果に基づいていますが、実際に幼生の中枢神経系の細胞が失われるのかについて、正確なトレースを行った研究はこれまでありませんでした。

Kaedeを使った細胞の追跡実験
我々の研究グループでは、カタユウレイボヤを用いてこの問題にアプローチしました。そのために、Kaedeという新規蛍光タンパク質に着目しました。Kaedeは理化学研究所の宮脇先生のグループがサンゴから単離された蛍光タンパク質ですが、その名前が示しますように特殊な性質を備えています。Kaedeは細胞内で翻訳された時は緑色蛍光を発しますが、紫外光を照射しますとその性質を変え(具体的には一部分が切断されます)、赤色蛍光を発するようになります。これを光変換と呼んでいます。この性質を利用して、細胞を正確に追跡できます。まずKaedeをある組織や細胞で発現させます。その後、追跡したい細胞へ紫外光を照射します。するとその細胞は赤色蛍光でラベルされます。その細胞を有する個体を目的の時間まで飼育し、赤色蛍光を発する細胞がどこにあるのかを調べるというわけです。もし、赤色に変換する性質がなければ、例えばGFPで同様の実験を行いますと、緑色の細胞が別の場所に移動してもそれは細胞が移動したのか、それとも別の場所でGFPを発現する細胞が新たに作られたのかなどを区別することができません。このように、Kaedeの光変換の性質を使うことにより細胞をより正確に追跡できるのです。

Kaede-PC
図1:Kaedeによる細胞の追跡実験

ホヤ幼生の中枢神経系は基本的に変態中に残って成体の中枢神経系を構築する
ホヤに話を戻します。まず、幼生の中枢神経系全体でKaedeを発現させるトランスジェニック系統を作製しました。そしてKaedeの光変換により、幼生の神経系を赤色蛍光でラベルします。その後ホヤを変態させ、赤色蛍光を発する細胞が残っているかどうかを観察します。すると、変態後の中枢神経系には赤色蛍光を発する細胞が大量に残っていることが分かりました。また、幼生の中枢神経系の前方領域は成体の中枢神経系の前方領域を、後方の領域は後方を作っていることが分かりました(幼生中枢神経の最後方の神経索は消失します)。つまり、幼生中枢神経系の基本構造はそのまま変態後の成体中枢神経へと受けつがれるのです。

CNS_reconstruction_1
図2:Kaede (緑の蛍光)を中枢神経系で発現させた遺伝子組換えホヤの幼生(上)と、
その幼生に紫外光を照射してKaedeの蛍光を赤に換えた幼生(下)。

CNS_reconstruction_2
図3:上記のようにKaedeの光変換を進めた個体を育て、変態させた個体。中枢神経系(四角で囲った部分)には赤の蛍光を発する細胞、つまり幼生の中枢神経系に由来する細胞が全体にわたって残っている。逆に変態後に形成される成体の器官(鰓や内柱など)は緑のKaede蛍光は発しているが赤の蛍光は発しておらず、それらの細胞が新規に形成されたことを示している。右の写真は中枢神経系領域の拡大図で、赤の蛍光のみを載せている。

幼生のニューロンは変態過程で消失する
幼生の中枢神経系がそのまま成体の中枢神経系を作ることは分かりました。では神経系の中ではどのような変化が生じているのでしょうか。それを知るために、神経系の各細胞タイプでKaedeを発現させる遺伝子組換え系統を作製しました。そして細胞タイプ特異的にKaedeの赤色蛍光でラベルして追跡するという実験を行いました。まず、ニューロンについて調べました。幼生のニューロンはコリン作動性ニューロン、GABA作動性ニューロン、グルタミン酸作動性ニューロンの三種類が主なニューロンです。それらについて追跡したところ、コリン作動性ニューロンとグルタミン酸作動性ニューロンのごく一部は変態後も残っていましたが、ほとんど全てのニューロンが変態後には消失することが明らかとなりました。

幼生のグリア細胞が成体の神経系を構築する
では、幼生から成体の神経系へは何が受け継がれているのでしょうか。続いて我々はグリア細胞に着目しました。幼生の中枢神経系は上衣細胞というグリア細胞を含んでいることが知られています。この細胞をKaedeを使って追跡したところ、上衣細胞の多くが成体の中枢神経系へと受け継がれることが明らかとなりました。
しかし、グリア細胞はグリア細胞です。神経系の機能にはニューロンが欠かせません。成体のニューロンはどこからやってくるのでしょうか。上記の上衣細胞の追跡実験で、幼生の上衣細胞由来の細胞が変態後に軸索を伸ばしていることを示す画像が得られました。我々は、幼生のグリア細胞が変態中にニューロンへと変わっているのではないかと予測し、それを裏付ける実験を進めました。ニューロンでCFPを発現するトランスジェニック個体を作製し、その個体の中で幼生の上衣細胞をKaedeの赤の蛍光でラベル・追跡を行いました。すると、幼生の上衣細胞由来の細胞が変態後にCFPを発現するようになりました。つまり、幼生の上衣細胞の少なくとも一部は変態中にニューロンへと変わることが示された訳です。

まとめ
上記の一連の研究から、ホヤがどのように幼生から成体へと神経系を再構築しているかが分かりました。ホヤは幼生から成体へと中枢神経系の大枠はそのまま受け継ぎます。しかしながらその中身は大きく変化していて、ニューロンは幼生のものが消失し、成体のニューロンへと置き換わります。その成体のニューロンは幼生のグリア細胞が分化転換して作らる、という仕組みです。
我々はこのグリア細胞がニューロンへと分化転換するところに特に着目しています。ホヤ幼生のグリア細胞の機能は分かっていませんでしたが、その1つの役割が「成体ニューロンの構築」であることが分かりました。さて、ではどのようにニューロンへと変化するのでしょうか。グリア細胞がニューロンへと分化転換する現象は、脊椎動物の「神経幹細胞」でも認められます。脊椎動物の神経幹細胞はグリア細胞と非常に類似した性質を有していることが分かっています。例えば脊椎動物の上衣細胞は、神経幹細胞であるという論文が報告されているほどです。ホヤのグリア細胞、つまり上衣細胞が果たして幹細胞としての性質を備えているのか、また脊椎動物の神経幹細胞と相同かまたはホヤ独特の性質を有しているのか、今後の研究で明らかにしたいと考えています。

参考URL
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21196932 ホヤの変態メカニズムの解明

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